美香と一緒になってから8年になる、、、
高校時代、遊んでいた町と言えばいつも吉祥寺。北口商店街をずっと行った住宅地の入り口あたりにあったコパカフェにいつも友達とたむろしていた。だから、バイトするのもみんな吉祥寺、、、俺は近鉄裏のクラブナポレオンに勤め始めた。
5時~12時、日給8000円、交通費支給。十代の俺にはいたって魅力的で、黒服はカッコよかった。そんなクラブナポレオンには30人ほどの女の子がいて、真ん中にはグランドピアノの生演奏のある吉祥寺では一番の高級クラブだった。
美香はそこのNo1,葵、、、一ヶ月一ヶ月の女の子の売り上げはクローク裏の控え室にはられていてギャラは歩合でみんなにわかるようになっていた。美香はいつもダントツのトップで2位の女の子とは2倍位の差で歴然、ギャラは計算すると200万円を超えていた。
ピンクや白、時には黒のシャネルスーツに身をつつみ、指輪やネックもいつも違い、ひときわ輝いていた、、、そんな美香に俺はおちていった、、、
12時、店がひけてから掃除をして1時過ぎ、美香とおちあうのはいつも裏にあるグリックと言う喫茶店、、、先にあがっていた美香がいつも待っていた。俺が迎えに行くとコーヒーを飲む間もなくいつものように美香の実家がある大塚までタクシーで向かった。
ある日、美香が俺に(うちの店の常務、、、気をつけた方がいいよ、、、私達の事は絶対ばらさないでね!、、、ホントは私のおじちゃんだから、、、)俺はゾッとしたが美香の事好きな方が断然勝っていた。こんな水商売、店の従業員が女の子に手を出すのはご法度、、、そんな事位知っていた、、、
男は時に理性が感情をこえられない、、、未熟と言うのだろう、、、これを、、、
いつもの5時の出勤時間、着替えの黒服をかかえて店に着くと、そんなに早くに停まっていたことのない黄色いカマロベルリネッタが店の前にあった。吉祥寺で黄色いカマロはひときわ目立っていた。誰もが知っていた、、、常務だ!いつもグリーンやエンジの渋い玉虫のスーツに高襟のオーダーシャツ、白地に赤い牡丹の花柄の太いネクタイ。靴は傷一つない黒のエナメル、髪はどんなに暴れようとも乱れないスプレーでガチガチ固めたリーゼント。いつも綺麗に手入れされた爪先に、、、常務は表の肩書き、、、そんな常務に俺はあこがれていた。(こんなに早くどうしたのだろう?、、、)俺はそう思いながらいつものようにホールに入って行くと何かいや~な空気が先から漂ってくる、、、一番奥の厨房近くのボックス席のソファーにタバコをふかして足を組んでいる常務がいた。(おはようございます!こんなに早くどうしたんすかー?)(尾茂よ~とぼけないでこっちへこいよ、、、)俺は一瞬でこのヤバイ状況がわかり足がすくんだ。(おまえ、葵とつきあってない?、、、)いやにおとなしい口調に俺は口ごもってしまった。(いや、、、別に、、、)いきなりわき腹にけりが飛んだ、、、うずくまった俺をそのまま首つかまえて厨房に連れて行きゴ~ン、、、一瞬耳が聞こえなくなり、何がなんだかわからない、、、(わっかてるんだよ!嘘つくな!、、、うちのNo1の子に手出しといてどう、けつとるんだよ!)俺は落ち着いていた、、、いや、なにか脱力感と気だるさで体が動かない、、、頭から汗が流れる、、、それでも必死で口を動かして答えた、、、(いや、俺は真剣です!真剣につきあってます!!好きだから、、、葵さんから聞いています、、、常務はおじさんだって、、、真剣につきあいますから、、、お願いします!、、、)その後の言葉は出なかった、、、
それ以上、何か言ったら泣きべそかきそうで、、、かっこ悪くて、、、頭痛くて、、、
頭から流れていたのは汗ではなく血だった、、、
額をつたわり、鼻頭を二つに分かれ、口元を通り、あごで一つになってあご先からポタポタと床に血のしずくが流れ落ちていく、、、俺の頭のてっぺんはミネラルのビンでパカッと割られていた、、、(今日は病院に行けよ、、、縫った方がいいぞ、、、店は休め、、、)俺はそのまま倒れた、、、そんな常務の声はやさしく、、、あたたく、、、感じた。
あれから、8年、、、俺は店をやめ、常務であるおじさんにいろいろ教わった。
いい事、悪い事、、、美香や親戚みんなおじさんの事、お兄ちゃんと呼んでいた。
お兄ちゃんはいつもかっこよく、強く、やさしく、粋で、、、俺の憧れだった、、、俺はホントにお兄ちゃんの世界一のお抱え運転手になりたかった、、、どこの義理の場であっても、、、
幹部会の時だって、、、何処の誰よりもお兄ちゃんをかっこよく、大きく見せられる自信はあったから、、、いつだったか、お兄ちゃんは俺に言った、、、(尾茂くんさ~なれないよ、お前はヤクザには、、、でもさ~人間、三つの式ってものがあってね、、、成人式、結婚式、葬式、、、これをキッチリ考えてやんな、、、だれそれのでも、、、これだけキッチリやれば最低でもキッチリしたいい人間になれるよ、、、)
美香と一緒になってから8年目、夏、、、
カーセンサーで車を探していた。
その中で目にとまった1台の車、、、真っ赤なカマロベルリネッタ、、、新車を買うつもりはなかった。2,3000Km位ならしが終わったような新古車、、、100万円位安いから、、、
そのカマロは大阪の業者の広告だった。
1988年式、走行距離2400Km、298万円。
俺は迷わず電話をして値切らず銀行に現金を振り込んだ、、、大阪からの陸送代3万円も、、、
俺は美香に言った。(俺、明日からコロンビア行ってくる、、、いつ帰れるかわからないけど、カマロ買っといたから、、、たぶん来週末には届くと思うよ!それでみんなで海でも行ってこの夏、楽しんでおいで!、、、)いつ帰れるかわからない寂しい思いをさせてしまうだろう償い、、、それとも、好き勝手な事している後ろめたさからだろうか、、、
俺はカマロを見ることもせずコロンビアに旅立った。それより何より、これから起こる事への期待感にワクワクさせる方が大きかったから、、、
カマロのかっこよさは知っていた、、、あのお兄ちゃんの乗っていた憧れの黄色いカマロ、、、
でも、俺のは赤く、新しい、、、
美香のところへ帰ってくる頃、もう夏も終わっているだろう、、、
1988、夏、、、
うしろのエンジェル 2008年02月28日(木)10時13分 編集・削除
人を大きく見せられる人間って、連れて歩きたい男、連れて歩きたい女、すべて見抜いているんだと思うわ、匂います、、、よ、、、